当院の取り組み
名古屋大学産婦人科は、東海地区の中核病院として不妊治療・生殖医療に取り組み、治療成績の向上に貢献してまいりました。この20年ほどの間に、わが国における体外受精・顕微授精に代表される生殖補助医療(ART)は急速な普及をとげ、多くのクリニックや総合病院が実施するようになりましたが、その一方で生殖補助医療の成績(妊娠率、生産分娩率)は頭打ちとなっております。このことは、難治性の不妊症が増加していることを表しています。
名古屋大学産婦人科では、難治性不妊症・不育症の治療成績向上をめざし、生殖医療専門医、エンブリオロジスト(胚培養士)を含む専門スタッフが大学病院の特性を生かして以下のような診療を行っています。
- 産科とのシームレスな連携
- 内科等との連携による合併疾患を有する患者さまの不妊治療
- 子宮内膜症、子宮形態異常、子宮筋腫等に対する腹腔鏡下手術・子宮鏡下手術を中心とする生殖外科手術
- 臨床研究により得られたエビデンスに基づいた効果的な治療スケジュールの確立
- 基礎研究による病態の解明と新規治療法の開発
特にART(体外受精、顕微授精)については、難治性不妊症のより一層の診療成績向上をめざし、2011年4月に全面移転、2020年には機器の更新を行い、最先端設備による新施設での実施となっております。また採卵、胚移植とも日帰りで行っております。
不妊治療について
外来は生殖医療専門医を含むグループ診療の形式をとっております。
一般不妊治療
不妊を主訴に受診された方に対しては、まずスクリーニング検査(血中ホルモン検査、精液検査、子宮卵管造影検査など)を行います。スクリーニング検査にて異常を認めた方に対しては、二次検査を行って不妊因子を明らかにし、適切な治療方針を決定いたします。各不妊因子に対する治療に加え、より負担の少ない方法から順次治療を高度なものへと発展させていく「ステップアップ方式」を原則として、患者さまのニーズにあった治療法を数多くのデータに基づいて提案させていただきます。具体的には、タイミング指導や人工授精、内服薬や注射による排卵誘発剤の投与などを行います。
生殖補助医療
(ART:体外受精、顕微授精など)
スクリーニング検査や二次検査にて生殖補助医療の適応と診断された方や、ステップアップ方式での一般不妊治療で妊娠に至らない方に対して行っています。卵巣刺激方法(クロミッド周期やFSH自己注射含む)や精子処理方法などを、症例ごとに毎回カンファレンスで検討して提案いたします。基本的に2022年4月より保険適応となった治療を行っており、胚移植に関しても、胚(受精卵)凍結・融解胚移植、胚盤胞移植を含む様々な方法の中から選択しております。採卵、胚移植とも日帰り入院で行います。先進医療Aとして、子宮内膜受容能検査(ER peak法)とタイムラプス撮影法による受精卵・胚培養などを行っています。また、着床前診断(PGT-M、PGT-SR、PGT-A)の認可施設となっております(自費診療)。PGT-A、PGT-SRについては日本産科婦人科学会が解説動画を公開していますので参考にしてください。
Ovarian Reserve Test
(卵巣予備機能評価)
妊娠のしやすさは、卵巣に含まれる卵の量と質によって決まります。卵巣に潜在的にどれだけ良質な卵が残っているかどうかを予測する検査が卵巣予備能評価です。卵巣予備能は、年齢だけでなく卵巣に対する手術、抗がん剤の使用などで低下します。当院では各種ホルモン検査などによる卵巣予備能評価を行っています。また卵巣予備能を示す指標AMH(アンチミュラー管ホルモン)を用いた臨床研究で数多くの報告をおこなっております。
生殖領域の内分泌疾患
多嚢胞性卵巣症候群は、排卵障害や男性ホルモンの上昇を主症状とし、不妊症の原因となるだけでなく、排卵誘発に際しては過剰な反応(卵巣過剰刺激症候群)や多胎妊娠をきたしやすく治療に難渋することもしばしばです。また時に耐糖能異常(糖尿病)を合併することでも知られています。当院では、FSH漸増投与法(自己注射含む)などにより、上記副作用を最小限に抑えるとともに、耐糖能異常のスクリーニング検査も施行しております。
また、原発性や続発性無月経に対しても生殖医療専門医、内分泌代謝科指導医を含むチームで診断・治療をおこなっています。
子宮内膜症・子宮筋腫
子宮内膜症
子宮内膜症は生殖年齢にある女性の20-40%にみられるともいわれ、不妊症の原因として問題になるばかりでなく、疼痛(月経痛、慢性骨盤痛、性交痛)は普段の生活をもおびやかす女性にとって非常に悩ましい疾患です。また子宮内膜症による卵巣嚢胞(チョコレート嚢胞)の中には、少数ですが卵巣癌が合併することもあり、子宮内膜症の診断・管理・治療は複雑なものとなっています。当院では国内外の最新の文献と当院での臨床データに基づき、MR、エコー等による的確な診断後、低用量ピル・GnRHアナログ・ジェノゲスト・鎮痛剤等の薬物療法、腹腔鏡もしくは開腹による手術療法、また不妊症の患者さまには不妊治療を効果的に組み合わせて治療にあたっております。当然の事ながら、正常卵巣組織の温存には最大限配慮し、手術をおこなっております。
子宮筋腫
子宮筋腫も内膜症同様、生殖年齢の女性に多くみられる疾患です。過多月経から貧血をきたすほか、精子の子宮内での移動や受精卵の子宮内膜への着床を障害するなどして不妊症の原因になると考えられています。子宮摘出手術を行わない限り再発の多い疾患ですので、薬物療法および腹腔鏡・子宮鏡もしくは開腹による手術療法を組み合わせて治療をおこない、極力再手術の必要のないよう努めています。子宮を温存し筋腫のみを摘出する手術(筋腫核出術)では、必要に応じ自己血を貯血し、手術にあたっております。当然ながら、今後の妊娠を念頭におき、子宮へのダメージは最小限にとどめ確実・丁寧な縫合をおこなっています。
腹腔鏡下手術、子宮鏡下手術
当院は、腹腔鏡下手術、子宮鏡下手術に対応しています。子宮筋腫、子宮内膜症に加え、良性卵巣腫瘍、卵管水腫や卵管周囲の癒着解除、子宮形態異常等が生殖外科手術の適応となります。当院では、その大部分を低侵襲の腹腔鏡下手術・子宮鏡下手術(腟から子宮内に挿入したスコープ下での手術)で行っております。子宮筋腫に関しては、手術既往、筋腫の位置・大きさ・個数等により開腹、腹腔鏡、子宮鏡のなかから最適な術式を選択しておりますが、ほとんどの症例で腹腔鏡あるいは子宮鏡下手術が可能となっております。子宮内膜ポリープや、分娩後の胎盤遺残に対しては子宮鏡下手術を行っております。入院期間は、検査を主目的とした腹腔鏡や子宮鏡下手術では3-4日間、一般的な腹腔鏡下手術では6日間の入院となっています。さらに生殖領域以外の腹腔鏡下手術(腹腔鏡下子宮全摘術等)も施行しております。
妊孕性温存療法
近年のがん診療の進歩に伴い、若年がんサバイバー数も増加し、QOL向上のため、妊孕性温存を主軸としたがん生殖医療の重要性が広く認識されつつあります。化学療法や放射線治療では卵巣や精巣が障害を受け、妊娠できる力(妊孕能)を無くしてしまう場合が多くあります。また、乳がんなどに対するホルモン治療中や、自己免疫疾患で化学療法が必要になるような増悪期には、妊娠を回避せざるを得ず、その間の加齢による卵巣機能低下により妊孕性が維持できない場合もあります。そのため、このような性腺機能の低下を招く治療を行う前に機能を温存する「がん生殖医療」が拡がりつつあります。
当教室では、医学的適応による卵子/胚凍結保存・卵巣組織凍結保存・精子凍結保存などの妊孕性温存治療を実施しています。最も適した方法を選択するにあたり、がんの種類、がんの進行の程度、選択される治療方法、治療の開始時期、現在の年齢、配偶者の有無などの要素を加味して個別に検討しています。
妊孕性温存療法については、学会ホームページも参考になりますので併せてご参照ください。
卵子凍結保存、胚凍結保存
治療による卵巣機能障害が予想される場合、治療前の受精卵および未受精卵凍結を行います。
不妊治療として実施されてきた体外受精・胚移植の技術を応用し、排卵誘発後に卵子を採取します(採卵)。そのまま凍結保存する「卵子凍結保存」、パートナーの精子と受精させた胚を凍結する「胚凍結保存」があります。卵子凍結保存は、凍結時の浸透圧変化による物理的影響を受けやすく、卵子あたりの出産率は胚凍結より低くなります。卵子を数多く採取するには、排卵誘発剤を用いた卵巣刺激が必要になります。卵巣刺激の方法には様々な方法がありますが、排卵誘発剤を10-14日間程度使用する必要があります。卵子/胚凍結保存には、排卵誘発や採卵の方法や安全性が既に医療技術として確立されているという利点があります。一方で、1回の治療で温存できる卵子や胚の数は卵巣組織凍結保存法よりも少なくなります。当院倫理委員会の承認を受け、臨床研究として実施しています。
卵巣組織凍結保存
化学療法や放射線治療前に卵巣を体外に取り出し、その影響を回避する方法です。治療前に片側の卵巣を手術で摘出し凍結保存します。治療後に妊娠が許可された際に、融解した卵巣組織片を再度体内へ移植します。卵巣には数千にも及ぶ卵子を含むため、凍結・融解・自家移植による悪影響を考慮しても、得られる卵細胞の数から妊娠率は卵子凍結保存や胚凍結保存と比べて高いことが期待されています。2004年にヒトでは初めて卵巣組織凍結後、自家移植により生児を得たことが報告され、治療を克服した若年女性がん患者に対する卵巣組織凍結の臨床応用が成功しました。全世界で自家移植後に100名以上の出産例が報告されています。初潮開始前や経腟採卵が不可能な患者さんや、がん治療開始まで時間的猶予のない患者さんに対して実施することが可能です。しかし、疾患によっては卵巣移植時にがん細胞を再移入させる可能性があること、凍結や融解技術、移植の方法がまだ未確立であるなどの問題も残されています。当院倫理委員会の承認を受け、臨床研究として実施しています。
精子凍結保存
射出精液から精子を回収して凍結保存します。凍結精子を利用した妊娠を計画する場合にはパートナーの不妊治療が必要になります。思春期以後の男性には非常に有効な方法ですが、思春期前の男児の妊孕性温存方法にはまだ確立された方法がありません。
がん・生殖医療相談外来
妊孕性温存療法を実施するのか、実施する場合にはどの方法を選択するのかを、原疾患治療開始までの限られた期間において、患者さん自身が決定できるように、十分な情報提供を行うことを目的として、がん・生殖医療相談外来(自費、完全予約制)を設置しております。詳細は、以下をご覧ください。
よくある質問
名古屋大学で行っている不妊治療について、詳細を知りたいです。
当院で体外受精・顕微授精をうけられる患者様を対象とした説明会「ARTクラス」を月1回開催しております。受講希望の方は担当医にお申し出ください。
不妊について悩み事がありますが、病院にかかるかどうか迷っています。
愛知県では、専門医師やカウンセラーなどの専門家による「不妊」「不育」についての無料相談窓口を設けております。当院の不妊・生殖グループ医師がボランティアで担当しておりますので是非ご活用ください。詳細は以下をご覧ください。